04 April 2011

ピソ探しより人探し


やむを得ず交替した新しい部屋にはこんなインベーダーのペイントが。
お家騒動の件でめっきり落ち込んだ私にとって、
宇宙人などよりよっぽど怖いのは人間の方だよ、という話。

結局3月に出て行くと言ったフランス人は出て行くのをやめ、
故郷に帰るために1ヶ月バルセロナを離れるイタリア人の部屋に
ちゃっかり間借りし、フランス人のいた部屋には新同居人のメキシコ人が入居。
まったくみんな大家の知らないところで好き勝手してるのに、
最もまともに暮らしてた(と確信している)私がなぜ被害に遭わねば・・・。
 
物理的にも精神的にも窮屈な中で引っ越し先を探し始めたわけだが、
傷心に泥を塗るような事件が・・・。

つい先日まで自分が同居人を募集していたloquo.comというサイトにアクセスし、
今度は自分が同居人候補としてエントリーすることに。
物件は毎日山ほどアップされるが、なかなかこれぞ!というものはない。
いいなぁと思うところにはとりあえずメールを送ってみるも、
返事がないことも少なくない。

そんな中、返事が来た一件が私を恐怖の底に陥れた。

一通目はごく普通の内容で、家賃等の条件の詳細だった。
立地が良い上に家賃が比較的安い。
何よりも同居人が一人なら静かに違いない。
と思った私は部屋を見学させてもらえないかと返事を送った。

すると・・・
とんでもない内容の返事が戻ってきたのだ!

以下、ざっとこんな感じ。(フォントも再現)


えっと、タイツ(レギンスもしくはレオタード)についてまぁこれは習慣的なことについてなんだけど、僕はあくまでも同居人を探していて、恋人とか性的関係を望んでいるんではないから。ただ、君が家で普段の格好としてタイツ(レギンスもしくはレオタード)を身につけるかってことなんだ。ちろん、服や長い衣類でお尻を隠す事なしに。もし寒くて必要なら、下にパンストをはいても、まあ問題ないけどね。
信じがたいだろうけれど、これが両者にとってうまくやっていく方法なんだ。
まぁ変わった方法だけど、これが僕のやり方だ。もし君がこれを好むなら、君は僕の同居人としてふさわしいってことだよ。
もし君が家でこういう風な格好をするのが好きだっていうなら、もしくは不都合がないっていうなら、ぼくは君を選ぶよ。

さらに・・・

あっ、もしタイツ持ってなかったら、貸すからね!


メールを一読してから、一体どれだけの時間が経ったのだろう・・・。

これ、40歳カタルーニャ男が至極まじめに送って来ているのだから。
やっと現実が飲み込めた瞬間、全身に鳥肌が立つのと同時に、
こういうのをうまい具合に引き当ててしまう自分の変態オーラに脱力。
もうここまでくると笑うしかない・・・。
いやーなんだか突き抜け過ぎだよ、アンタ!!!って。

今度こそ大事なのは立地や家賃、部屋の大小よりも「人」!
と意気込んで学生でも無職でもない、
仕事をしていて落ち着いた同居人候補、を見つけたはずだったのに、
さっそくコレだよ・・・。

こういう趣味の人もいるものなのだとまた一つ勉強になったが、
それを分かち合える同居人を募集するのに、
まともなサイトに投稿しちゃった彼をちょっとせつなく思った。

もちろん、返事はしなかったし、ピソの見学にも行かなかったけど、
もし行ってたらと想像すると・・・。
網タイツ姿で監禁されている自分の姿が浮かんでは消えてゆくのだった。

01 April 2011

めぞん一刻崩壊


思い起こせば1月、
めぞん一刻崩壊の危機が迫っているとお伝えしたが、
すべてが終了した今だからこそ、その後日談を話そうと思う。

結局1月中は、同居人のコロンビア人とも
ピソの大家である友人とも具体的な話し合いをしないまま月日が経った。
というか、このまま放置プレーを決め込んだらどうなるか様子を伺っていた。
事態はこう着状態か、このまま沈静化するかとまで一時は思った。

が、2月に入り別の同居人のフランス人が3月に出て行きたいと言い出した。
となると、一応まだピソの管理を任されていると信じていた私は、
電話をしても出ない大家である友人に、億劫ながらも
「新しい人探すためにネットに広告出すよ」とメール。
当然ながら返事なし・・・。
それでも3月に誰も入居者いなくて私たちの家賃をあげる、
など言われたらたまらない。とにかく同居人探しを開始した。

例のごとく見学希望者からのメールや電話に応対し、
部屋を見せたりと涙ぐましい不動産業。
そしてやっとこの人!という人物を見つけたので、
一応同居人の同意をと思いイタリア人やコロンビア人に話す。

そしたらどーですか!コロンビア人。
「そういえば偶然にも昨日M(大家)から電話あってさ、
僕の名前で同居人募集の広告出したって。
すでに何人かから連絡あって、今日さっそく部屋の見学に来るよ・・・」

はぁ???またしてもはぁ???
頭の中がはてなで一杯になる。

つまりは、私が同居人探しを買って出ていることを知っていながら、
もうあんたはお役御免よ〜とばかりに
大家Mはコロンビア人にその任務を託したことに。

それにしても平然としてるコロンビア人。
自分は任命されたまでだから〜みたいに言ってるけど、
私はもう別の人に返事する直前なんだよ!と答えるも、
「Mと直接話した方がいいよ」の一点張り・・・。

即刻Mに電話。
そして激しいやりとり。
つまるところ「もうピソのことはコロンビア人に任せたから」
そしてさらに追い打ちとばかりに、
「3月1日にはコロンビア人と部屋替わってね」と・・・。

何言っちゃってるの!??聞いてないよ!!!
んなことできるか!って言ったのに、
「ゴメン、もう無理・・・」の繰り返し・・・。

そしてその夜、怒りと涙の緊急住民会議となったのだが・・・。
そこで判明したのは、コロンビア人、
すっかり3月には部屋の交換をする確約を大家と取り付けていたということ。
この時点で何かがプツリと切れた私はこんなピソなぞ出て行ってやる!宣言。
だが、3月は数日後に迫っている。
今からピソ探しをするのは難しいしそんな時間ない。
なんとか4月まで部屋の交換を待ってくれないかと提案。
するとコロンビア人、
「2週間なら待てるけど、カノジョも待ってるわけだしそれ以上は無理」と。

フランス人、イタリア人も援護してくれたものの、
コロンビア人の態度はまったく変わらないどころか、
「自分が別に望んだわけじゃないけど、大家Mの結論だから」
と飄々と言ってのける。
そして、「僕が契約しているのは君たちじゃなくてMだからね」と。

そうですね、あぁごもっともですって納得できるか?
「僕たち友達でもないけど敵でもないんだから。僕を恨まないでね」
とさらに追い打ちをかけて来るコロンビア人に返す言葉もなく・・・。

結果、3月2日に部屋の交換はつつがなく行われたのであった。
当日、リビングにはコロンビア人と私の荷物が山積みとなり、
まるでPeter Menzelの "Material World"のようだった。

交換した部屋はベッドが部屋全体を埋め尽くし、
箪笥もなくモノで溢れ足の踏み場もないことに・・・。

翌日にはコロンビア人のカノジョが引っ越して来て、
「ありがとう」の一言もなく普通に暮らし始めた。
総勢5人での共同生活。
あぁ、ここはユースホステルか・・・。

屋根のある家があるだけ贅沢とも思えるが、
これ以上大家Mに家賃を払うのだけは許せなかった。
そして新たなるめぞん一刻探しが始まるのだった。

16 March 2011

11-M 忘れられない日


日本のみなさんへ。

今回の震災で被害を受けた方、
そして今もなお様々な恐怖に直面している方、
心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。

3月11日に起きた地震を知ったのは、
バルセロナ在住の日本人の友人からの電話だった。
テレビをつけて流れてくるイメージに顔面蒼白・・・。
日本にさっそく連絡を取ろうとしても電話が通じなかったり、
送ったメールも届かず戻ってきてしまったり・・・。
当日は家族、友人の安否を知るのも難しく、心配ばかりが募った。
幸いみんな無事にいることがわかって安心したけれど。

こんなに遠くにいるにもかかわらず、
居ても経ってもいられないのだから、
常に余震やその後の核施設の行方を肌で感じている人たちにとって、
そのストレスは計り知れないものだ。

実は3月11日はスペイン人にとっても忘れられない日。
2004年、マドリードで列車爆破テロが起きた日。
スペイン語で3月をMarzo(マルソ)というため、
こちらでは、その日を11-M(オンセ - エメ)と呼んでいる。

さてこの事件、日本でどれほどの人が記憶にあるだろうか?
事件や自然災害がほんの数年で風化していくのが世の常。
それでも当事者にとっては忘れがたきこと。
スペイン人にとっても日本人にとっても、そして世界中の人にとっても、
11-Mという日を忘れないということを忘れないでいたい。

ここ数日、友人はもちろんのこと、
思いがけない人、通りがかりの人、本当にたくさんの人から
日本の家族や友人を心配する声をかけてもらった。
身体的に日本で起こってることを感じることができずもどかしいけれど、
せめてその声を伝えたいと思う。
そして日本で起こっていることをこっちの人にも伝えたいと思う。

どうか、この事態がこれ以上悪くならないこと、
そして、一刻も早く良い方向に向かうことを祈っている。

07 March 2011

カーニバル♪♪♪


今週末、スペイン各地では春の到来を告げるカーニバルが各地で行われた。
市場のお姉さんまでカーニバル仕様なのにはビックリ!

カタルーニャの有名どころはSitges(シッチェス)だが、
そこまで行く気力のない私は、5日土曜日に開催された
地元バルセロナのParal-lel通りのカーニバルを見物に行った。
甘く見ていたがかなり本格的で度肝を抜いた。
35グループ、約2500人が仮装行列に参加したとか。


行列に参加する人たち以外にも、友達同士で仮装して練り歩く人続出。
みなさん冬ごもりの間にこの扮装を考えていたのかしら。。。
こういう時の祭にかける熱意と労力は惜しまないスペイン人なのである。


さてパレードはバルセロナ市内の各地区や、
中南米出身の人々による団体なんかに別れての参加だったけれど、
私の一番のお気に入りは、この象さん。
La Bordetaという地区のもの。
左右の象のパネルを真ん中に挟まったお兄さんたちが
自由自在に操ると、それはそれはダイナミックな動きとなり、
まるで本物の象が動いているかのようだった。

続きましては衣装や踊りで魅せる女性たち。


男性陣の汗のしたたりも美しかった。


 そして私の好物の仮面たち。鎌倉の面掛行列を思い出したわ。

 
その後、世界各地に広がる仮面文化について、
一緒に行った文化人類学者の卵である友達と熱く語り合い、
どうして人には変身願望があるのか研究してくれと迫ったのである。

これを機に一気に春がやって来てくれるといいのだが。。。
まだまだ朝晩は冷え込むバルセロナだけど、
日没は19時過ぎと確実に春の足音が聞こえる。

03 March 2011

一年越しのカルソッツ


冬の味覚、カルソッツを堪能!

日曜の正午近く、クラスメイトの電話で起こされると、
「チケットあるけど、来る?」とのお誘い。
去年、食べたかったのに逃したので今年こそはと、
食べたい食べたいを連呼していたのが功を奏した。

カルソッツとはなんぞや?というと、
カタルーニャ地方特産の太い長ネギ。
年末から4月上旬までの季節もので、
この時期、カタルーニャではカルソッツを出す専門レストランも登場する。
私が行ったのは屋外でのカルソッツ祭り。
会場に到着すると予想以上の人出。
偶然友達に遭遇するも、彼女たちはチケットが売り切れであえなく退散。
否が応にも期待は高まる。


焼きを担当するお兄さん達、防護マスクで完全防備。笑


長い行列の先に見えてきたのは、カルソッツの他に、
Pa amb Tomaquet(パンににんにく、トマトをこすりつけたもの)と
サルチッチャというソーセージ、ジャガイモ丸ごと、オレンジのセット。
これにワインかビールが付いてしめて12ユーロ!お得!!!


調理の仕方もさることながら、食べ方もワイルドそのもの。
炭火で焼いて新聞紙に包んでやってくるカルソッツをどうするかというと・・・




緑の部分を握り、炭で焼かれて黒焦げになった皮を剥く。




黒こげ部分が全部剥けたら根元に力を入れてちぎる。


そして、ロメスコというトマト、ナッツ、パプリカなどを混ぜた
特製ソースにどっぷり浸して・・・


口をあーんと上に向け、根元から一気に食す。まるで飲むように。
ここまで全部手づかみ。
もちろん手は炭だらけだけど、汚いとか言ってられない。

それにしても、食感はとてつもなくやわらかくて口に入れたらとろけ、
味もなんて甘いことでしょう!
長ネギを普段から食べ慣れている日本の人もきっと驚く甘さだと思う。
とはいえ、地元民はロメスコソースが味の決め手なんだと豪語。

新聞紙いっぱいのカルソッツの無限ループにその他諸々、
寝起きのお腹にはかなりパンチの効いた昼食となった。
レストランでは、カルソッツ後にあらゆる肉の盛り合わせや
デザート、カヴァなんかも出てきて気が遠くなるらしい。
カルソッツはお腹をすかせて行くべし。これに尽きる。


屋外イベントだけあって、バンド演奏もあって、
食後にひと踊りもふた踊りも可能。


途中、かなり酔いの回った人たちで組体操が始まったり・・・


カタルーニャ名物、Castellers(人間の塔)が登場したり。
それはそれは地元色の強いお祭りだった。


それでも念願叶ったりのカルソッツ!
この時期にしか食べられない味をお裾分けしたいものだ。

20 February 2011

地を這う人、屋上からの眺め


裏通りのアパートからジャズが落ちてきた
老人の鼻歌と子供の歓声がそれを拾った
わたしは確認した
孤独な魂らは集まって街をつくる
これは個人と個人の時間の共有なのだ
街は愛からできている

Falling from an apartment back street was jazz
The old man's humming and the children's yell
picked up the tune
I confirmed that
solitary souls get together to build a town
It is a sharing of time among individuals
The town is made of love

                    『ゴスペル』佐藤わこ


ピソに屋上があることは知っていたけど、今まで登ったことがなかった。
頭を整理するために考えることが必要だと思った瞬間、
自然とここに足が向いていた。

このコントラスト。
これがバルセロナ料理にもあるmal i muntanya(海と山)
を構成する風景だ。

市場と広場があって、近所からお昼ゴハンの匂いが漂い、
食器の重なる音と談笑が聞こえる。
人が住む街ってこういうことを言うんだと思う。


完全に地デジ化されているけれど、
家々の屋上にずらりと並んだパラボナアンテナが原始的なように、
便利と不便が、お祭り気分と癒されない傷が共存する街、バルセロナ。
やっぱり私はあなたを愛するよ。

そんなことを確認できたひととき。

12 February 2011

謎の同居人


ご近所で敢行中のセグウェイ・ツアー。
これ、一度でいいから試してみたい!!
一台余っているならちょっと乗せてよーとついつい思った場面。

と、これとはまったく関係なく、
3日程前夜中に帰宅するとネットが繋がらない・・・。
あれ〜となってリビングにLANケーブルの様子を見に行った。

すると電気をつけたその瞬間、見知らぬ男がのそっと起き上がった!

こういう時、案外人って冷静なんですな。
叫ぶわけでもなく、「えっ?」みたいな・・・。
そしたら寝袋みたいなのに包まれたその人、
「ココハ、アナタノイエデスカラ〜、ゴジユウニ、オツカイクダサイ〜」
みたいな片言のスペイン語で話しかけてきた。
いや、それよりなにより、あなたは誰?
とか疑問がまったく浮かばなかったのが奇跡だ。
「あ、そうですかぁ〜。こりゃ起こしちゃって失礼しました〜」
と遠慮気味に返事して、とっとと部屋へ辞退した私・・・。
 酔っていたせいもあって、その日はそのままベッドへと直行。

状況がつかめたのは翌日のお昼も過ぎた頃。
二日酔いの頭を抱え、熱いシャワーを浴びる。
物音ひとつしないので、ピソには誰もいないだろうと思い込み、
バスタオル一丁でバスルームから自分の部屋へとすたすた。
が、そこでキッチンから登場したるは見知らぬ女!
「ごめんなさ〜い!!!」となぜか私が謝る。。。
部屋に駆け込み、ようやく前夜のことを思い出す。
で、一体だぁれ???あの人たち???

服を整え、いざ彼らとご対面。
聞けば同居人・イタリア人の友人で2、3日程泊めてもらうとか。
謎の男は、スイス出身。年齢もイタリア人とはちょっと離れているような。
一体どこで繋がっているかまったく関係性が掴めない。
それに男女で来たからといって、その二人、別々の部屋に寝てるし、
特にカップルってわけでもなさそうだし、漏れ聞こえてくる二人の会話、
なんだかつなたい英語なんだな・・・。
女の方はどこか別の国出身なのかも。。。

で、肝心のイタリア人といえば、その日の午後ちらっと会ったら、
「今夜からロンドンにちょっと行ってくるだけど、彼ら、その間泊めていいよね?」
おいおい、自分不在で人泊めるかー??という手の突っ込みは通用せず。
って、もういるし。。。ダメもなにもないよね・・・。

なんかすっきりしないままだったけど、
大学の授業で急いでたし、とりあえずOKってして外出。
そしたらその夜からめっきり体調崩し発熱。

こんな時、知らない人と話す程シンドイことはない・・・。
今夜は帰りたくない病を発症したが暖かいベッドの誘惑には勝てない。
気を重くしながら帰宅。

やっぱりいるよ彼ら。。。
ちゃっかりリビングでスカイプ通話なんかしちゃって、
まるで自分の家みたいだし・・・。

でも、具合悪いんだけど・・・って言ったら、
「ショウガ紅茶、温まるよ〜。良かったら飲んで〜」
とか、
「これさっき作ったの、自由に食べてね〜」
とか、
他の同居人よりよっぱど親切。
たくさんのフルーツと "KYOTO HOUJICHA"と書いたお茶も勧められる。

その後、ウィルスをまき散らすまいとほぼ部屋に引き蘢っていて、
彼らとほぼ会話してないけど、謎はまだ残る。
昨日、隣の部屋からほぼ半日聞こえた三味線の音色っぽい音楽・・・。

偶然の日本趣味にしちゃ出来過ぎのような気もするけど、
ま、いっか。今朝もコーヒー淹れてくれたし。

早いとこ回復して、この謎を解きたいところだ。

あ、ちなみに今、新同居人募集しております。
バルセロナ在住でピソをお探しの方ご存知でしたら、どうかご一報を!

07 February 2011

まだいくつも寝てないけれど・・・


あけましておめでとう!!
週末、中国の旧正月があってバルセロナでもあちこちでフィエスタ。
近所の海辺でもブースやら獅子舞が出て、盛大に新年を祝っていた。


この獅子舞、中から見えた顔は地元の青年。
赤い方は中国系の少年だったけれど、
あら、こんなところで文化交流。
普段、中国系の人たちってどこにいても同胞といて、
中国語で話しているからこれにはけっこうビックリした。

それにしても中国系の人々のパワーをひしひしと感じる昨今。
こんな一等地で盛大に自分たちの文化を紹介できるって、
なんだかうらやましいわぁ。

そして、ブースでは中華料理に混じって、
寿司やらスペイン料理も売られていたり・・・。
こういうところが彼らのたくましさの現れか。


夕日が染まりつつあるコロンブスの塔が指し示す地中海。
ヤシの木と中国の赤い提灯。
案外しっくり来てて美しかった。